渡邉美樹氏は、なぜ今でも「ワタミはブラック企業ではない」と思っているのか
創業者・渡邉美樹氏のこうした発言が大きく取り上げられ、世間から「ブラック企業の代名詞」として批判を浴びた大手飲食店チェーンのワタミ。2013年には入社間もない社員が過労自殺したとして遺族が同社を提訴するなどして、同社の労働環境を問題視する声が高まった。そんな同社は15年に社長に就任した清水邦晃・新体制の下、「これまでブラック企業であった」と認め、全社的に企業体質や労働環境の改善に取り組んでいるという。
前回記事『もうブラック企業なんて呼ばせない!ワタミ、解体的「脱ブラック化」改革の内実』に引き続き、100人以上の同社関係者への取材に基づき、その改革の内実に迫った書籍『ワタミの失敗』(KADOKAWA)を9月8日に上梓した、働き方改革総合研究所代表の新田龍氏に話を聞いた。
――ブラック企業と呼ばれる企業にはパワハラが横行するものですが、ワタミではどうなのでしょうか。
新田 会社全体でパワハラが横行しているとか、パワハラを黙認しているといった事象は確認できていません。それどころか、全社員が利用できるメンタルヘルス窓口を設置しているくらいです。
ただ、渡邉さんの部下への厳しい対応、たとえば「頭を何度もスリッパでひっぱたいていた」というエピソードとか、「今すぐビルから飛び降りろ」といった発言などに関しては、パワハラと報道されたこともあります。しかし、これらも発言の一部が切り取られて拡散した形であり、あくまで部下との信頼関係がベースにあり、部下たちは真意をわかったうえでの行動ですからね。
ワタミの理念集に書かれて話題になった「24時間365日働け」という記述も、常に仕事のことを考えなさいという趣旨であって、そこまで働き詰めろという意図はありません。この記述の後に「この言葉が、一人歩きすることを、私は恐れる」と書かれてあるのですが、まさに一人歩きしてしまいました。「24時間365日働け」という部分だけが切り取られて報道されたことが、ワタミの評価を大きく損ねてしまったわけです。
――新田さんは本書でユニクロとワタミとの違いを指摘していますね。
新田 ワタミとユニクロは同じ時期にブラック批判を受けましたが、ユニクロのほうが早く批判は収まりました。ユニクロはすでに2013年頃から、社長の柳井正さんが「ブラック企業のような部分もあったと思う」と発言し、急成長に伴うひずみの存在を認めたうえで、改善する姿勢を表明していました。経営者にとって、自らの会社を「ブラック企業」と認めるのは不本意だったでしょうが、世論への対処をしたわけです。
一方でワタミは長らく、自社がブラック企業だとは頑として認めてきませんでした。2015年に清水邦晃さんが新社長に就任してようやく、対外的に「世間のブラック企業との批判を真正面から受け止める必要がある」との発言がなされました。しかし、それまでのかたくなな姿勢によって、世論からの反感を買い続ける結果となってしまいました。ワタミは世論の強さに少々無頓着すぎたかもしれません。
――ワタミはどうしてユニクロのように反応できなかったのでしょうか。
新田 「ブラック企業」という言葉の定義を「会社ぐるみで悪意をもって社員を使い潰す企業」と考える限り、ワタミは批判を受け入れられなかったのです。ワタミに「会社ぐるみの悪意」はありませんでしたし、時間外手当も全額ではないものの、飲食業界の中ではまともに払っているほうでしたから。
しかし、これまでのワタミには労働基準法違反を含めた疑わしい事象があったことは事実ですから、ブラックの捉え方に齟齬をきたさずに、世間からの批判を認めて改革の取り組みをもっと早く開示すればよかったと思います。
創業者のメッセージは通用しない
――株式上場の前後段階にあるベンチャー企業の創業社長には、「ブラックでないと企業は伸びない」と明言する人が多いのも事実です。
新田 社長や創業メンバー、経営幹部はブラックと呼ばれるほど働かないと伸びないと考えている人は多いですし、私も同じ考えでした。起業家を目指すくらいのマインドを持った社員くらいまでならまだ共感されるでしょうが、同じ価値観を共有できるのはそこくらいまでです。会社の規模がある程度大きくなり、「有名企業だから」「上場企業だから」といった理由で入社した社員に対しては、その価値観は通用しません。
ミッションについても同様の問題を指摘できます。「すき家」を運営するゼンショーグループは「世界から飢餓と貧困を撲滅するために」という崇高なミッションを掲げて、これだけの規模に発展してきました。しかし、このミッションを追求するための過酷な就労環境は、創業幹部メンバーまでならまだ通用するにしても、大企業だから入社したという社員には受け入れてもらえません。メッセージの捉え方が違ってしまうのです。
――ゼンショーに対しては、第三者委員会が経営幹部の成功体験を社員に実行させようとしたことが問題だったと指摘しましたね。
新田 社長と幹部との間で当たり前だったことが、社員にも及んでしまうと問題が発生してしまいます。ワタミにはこんなエピソードがありました。渡邉さんがインフルエンザで会社を休んだ経営幹部に電話をかけた時のことです。普通なら「大丈夫か?」と話すでしょうが、渡邉さんは「1日に1回しか会社に連絡を入れないとはどういうことか!」と叱りつけたのです。
渡邉さんの言動を知り尽くしている幹部なら、そう言われても受け止められるでしょうが、このやりとりが当たり前になると、幹部が社員に同じように叱るようになってしまいます。単純にブラックな構図が継承されてしまうという恐ろしさがあるのです。
もし自社がブラック企業批判をされたら?
――経営者は、自分の会社がブラック企業だと批判されるようになった場合、どのような対処が必要でしょうか。
新田 ブラック企業批判を受けた時、よく見られるのが「この業界では当たり前だよね」「うちの会社では当たり前だよね」と受け流してしまい、世論が何に怒っているのかをしっかりと考えないことです。かつて私が勤務した人材サービス会社でも「毎日終電まで働くのが当たり前」という考えがありました。
しかし、そういう感覚は世間には通用しません。世論と社内の常識にズレが発生していることが多いのです。それから「どうして、ウチだけ叩かれるのか?」という思いもあるでしょうが、そういう気持ちは押し殺して、世間は何に対して批判しているか、何をもって叩かれているのかを見極めなければなりません。
そして、どんな事実がブラックと指摘されているかを明らかにし、その原因分析、さらに改善に取り組んでいる内容と進捗状況を開示することです。
――ブラックと批判したメディアに対して訴訟を起こすと、やぶ蛇になりますよね。
新田 そうです。ワタミの場合も、週刊誌に対して書かれた事実はないという理由から名誉毀損で訴える準備までしていましたが、何を主張しても叩かれるだけだと判断して取り止めました。むしろ改革の状況を開示しようという方向に切り替えたのです。
――しかし、自己改革は難しいと思います。新田さんのような批判的な立場の人に協力してもらわないと。
新田 社内の人だけでの改革は難しいですね。雪印が食品偽装問題を起こした時に、第三者委員会に消費者団体のトップを加えて問題を解明を進めたことがありましたが、良い事例だと思います。消費者の捉え方が会社と消費者団体では違うので、世間の視点で改革に取り組めました。このぐらいの取り組みをすれば、社内で当たり前と思われていたことが、世間ではいかにおかしいと思われているかがわかってきます。
――これから成長発展に向かう企業が、ブラック企業にならないためのポイントはなんでしょうか。
新田 ひとつは、成功している他社の組織構築や人事制度の事例をよく調べておき、自社の規模拡大に備えておくこと。そのうえで人事や広報に強い発言力を持たせることです。もうひとつは、ふだんからポジティブなニュースをどんどん発信することです。これは有効な手段で、ポジティブなニュースが多いとネガティブなニュースが発生しても埋もれてしまい、ネットで検索しても上位に登場しないことが多いのです。
(構成=小野貴史/経済ジャーナリスト)
<元記事>
渡邉美樹氏は、なぜ今でも「ワタミはブラック企業ではない」と思っているのか
(ビジネスジャーナル)