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ブラックジャーナル

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2016年06月29日
ネガティブ

給食センター衛生マニュアルの過剰対応と撤回について

フジテレビ「ホウドウキョク」のニュースプログラム「あしたのコンパス」においてコメントした、「給食センター勤務中の排便禁止
指示に違和感、削除へ」に関する論点と意見詳細

(1)調理員の排便と食中毒の関係性は?

今回発生したノロウイルスによる食中毒は、手指や食品などを介して経口で感染し、嘔吐、下痢、腹痛などを起こす。健康な人は軽症で回復するが、子供やお年寄りなどでは重症化の可能性があることに加え、以下の点で危険とされる。

・感染力が非常に強い
・比較的に熱に強い
・一般的に広く用いられている、逆性石鹸やエタノールで消毒できない
・ウイルスにワクチンがなく、治療は輸液などの対症療法に限られる

また、感染者の糞便や吐物がヒトを介して食品を汚染したために発生したという事例も多く発生している。少ないウイルス量でも感染するため、ごくわずかな汚染物でも多くのヒトを発症させるとされている。

一般的に、調理現場では、下痢や嘔吐等の症状がある者を、食品を直接取り扱う作業に従事させないようにすべきとされている。また、ノロウイルスは下痢等の症状がなくなっても、長いときには1ヶ月程度ウイルスの排泄が続くことがあるので、症状が改善した後も、しばらくの間は直接食品を取り扱う作業をさせないようにすべきである。

今回のケースは、排便とウイルスとの関係が密接なことと、感染後の影響が長期間続くため、根本から汚染要因を断ち切るための考えと思われる。

しかし、報道を受けてインターネットなどで批判の声が高まったため再改定。排便については「調理作業中に排便しなくて済むよう心がける」とし、便をした場合は「責任者に報告する」よう改めて業務を再開した。

ただ、再改定したマニュアルについても「生理現象を制約するのはおかしい」「報告義務を課すなど、 働く人の権利をどう考えているのか」などの批判が寄せられていた。町は「人権問題になる恐れがあり、 公共施設のマニュアルにふさわしくない」などとし、報告義務を含めた排便に関する項目の全廃を決めた。

(2)調理現場の衛生管理や安全対策は十分か?

飲食店などで一般的におこなわれている対策としては、

・少しでも下痢や嘔吐の症状がある人は必ず自己申告し、食材に直接触れないようにする
・小まめな手洗い必須。アルコール噴霧に加え、爪の間に入った見えない汚れなども徹底的に丁寧に洗う
・指輪や手首に付けるアクセサリーは禁物
・厨房内への私物持ち込み、キッチンでの飲食は禁止

などである。

また食中毒が起きる原因としては、

・衛生管理体制やマニュアルが未整備
・マニュアルが存在していても、運用が徹底されていないか杜撰

であることが考えられる。

今回のケースでは、体制や規定、運用方法を見直すことなく、単に「排便するな」という突飛な指示に至ったことが反響を呼んだ。
しかしそれでは却って従業員の健康には宜しくないし、職場以外で排便して汚染されているケースでは意味のない規定となってしまう。

それよりも、手洗い、身嗜みや掃除の徹底、道具の使い回し禁止などを図った方が効果的と考えられる。

(3)勤務中に労働者の生理現象を制限できるのか?

食事や排泄は、呼吸や睡眠と同じく、人間にとって必須の止められない生理現象である。また排便のタイミングや頻度は個人によって異なるし、その日の体調によっても変わる。それを毎日9時間以上にわたって禁止されるというのは従業員にとって極めて大きな苦痛であり、体調不良の原因ともなり得る。「健康で文化的な最低限度の生活」を営む「生存権」を侵害しているとされても致し方ない。

文部科学省学校健康教育課も「調理員の生理現象への制約は、学校給食衛生管理基準になく、国として同様の対策は取ったことがない」としている。

(4)勤務中の労働者の権利はどこまで認められるか?

労働契約法第5条
「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう必要な配慮をするものとする。」

労働安全衛生法第3条
「事業者は、快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健康を確保するようにしなければならない。」

昭和の頃までは、職場の「安全配慮義務」=勤務中の「事故や怪我」を防止することと考えられていたが、昨今では過重労働や精神疾患も対象となり、「健康配慮義務」とも一体のものとして捉えられている。

安全(健康)配慮義務違反となるポイントは、下記の点。

・社員が心身の健康を害することを会社が予測できた可能性(予見可能性)があり、
・それを会社として回避する手段があったにもかかわらず(結果回避可能性)、
・手段を講じなかった場合に、安全(健康)配慮義務違反となる。

今回は、食中毒を発生させないための有効な対策が存在する中で、極端に厳しく、健康配慮義務も果たしていないような対応をおこなってしまった。これでは、

「マネジメントが機能しない中での思考停止」
「不祥事へのお詫びや反省のポーズを示すために従業員を過度に鞭打っているブラック職場」

と言われても仕方がない。

ちなみに、職場で安全配慮義務違反があると、「債務不履行に基づく損害賠償請求」がついてくることが一般的。使用者には、労働者と労働契約を結んだ段階でこの安全配慮義務が発生するため、それを理由がなく破ったことで、代償を支払わせるという意味である。

(損害賠償請求をされ、安全配慮義務を怠ったかどうか判断を迫られる実例として、労災事故と安全配慮義務、長時間労働による健康障害と安全配慮義務、精神障害の労災認定における安全配慮義務、ハラスメント問題と安全配慮義務が代表的)

組織としてトラブルを回避するためには、その発生を予見し、あらゆる可能性を想定した対策をおこなう必要がある。組織内の安全衛生活動の仕組みを作り、環境を整え、健康診断などを確実に実施し、病気やトラブルを抱えた従業員への個別対応等、普段から目を光らせておけば予防できる。これは給食センターに限らず、どの職場でも同じことである。

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