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ブラックジャーナル

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2016年04月09日
ポジティブ

日本IBMが簡単にクビを切れるこれだけの理由

解雇規制が厳しい日本で、簡単にクビを切れるこれだけの理由

 

IBMという会社をグローバルで見た場合、日本IBMの位置づけは「落ちこぼれ」
といっても過言ではない。2001年に1兆7,075億円という過去最高の売上高を
達成して以来、12期連続で売上は減少。この10年で、売上高、営業利益、
経常利益はちょうど半分になってしまった計算だ。

同社は米国IBMの手法にならい、業績下位15%の社員を対象にリストラを実行している。
ちなみにこのシステムは日本IBMに限らず、外資系企業なら比較的広範にみられる光景、
という印象があるかもしれない。同時に、思慮深い方ならこんな疑問をもたれることだろう。

「日系企業も外資系企業も、日本で活動している以上、同じ労働基準法が適用
されているはずだ。なのに、なぜ外資系だけクビにできるのか?」

それには、こんなウラがあったのである。

そもそも「リストラ」というと、イコール「クビ」というイメージがあるが、
これにはいろんな手法がある。

まず「解雇」というやり方が思い浮かぶ。労働契約の終了を、会社側からの一方的な
意思によって通告することだが、これは日本の強力な法規制のもと、なかなか簡単に
実行できないのが現状だ。

ご存じのとおり、解雇をおこなうためには「四要件」という慣例が存在し、
そのいずれが欠けても「解雇権の濫用」となり、無効となってしまうためだ。
具体的には次のような条件である。

(1)人員整理の必要性
 整理解雇を行うには、相当の経営上の必要性が認められなければならない。
つまり、経営危機下でなければ認められないということだ。

(2)解雇回避努力義務の履行
 正社員の解雇は「最後の手段」であり、その前に役員報酬の削減、新規採用の抑制、
希望退職者の募集、配置転換、出向等によって、整理解雇を回避するための相当の
経営努力がなされ、「もう解雇以外に手立てがない」と判断される必要があるのだ。

(3)被解雇者選定の合理性
 人選基準が合理的で、具体的人選も公平でなければならない。
辞めさせたいヤツを名指しすることはできないというわけだ。

(4)手続の妥当性
 事前の説明・協議があり、納得を得るための手順を踏んでいなくてはいけない。

すなわち、たとえ社員がヘマをやらかしたとしても、ドラマやマンガのように
「お前はクビだ!」なんてとても言えないわけだ。
でも、実際にリストラは実行できている。そのカラクリは、

「解雇」ではなく「退職勧奨」をしている、

という点にあるのだ。

『クビだ!』と言わず、『辞めたほうがキミのためだ』と諭すのがポイント

退職勧奨とは社員に「辞めろ!」と迫るのではなく、「今辞めると、これだけの
メリットがあるよ」といって、文字通り「退職を促す」ことをいう。

会社からの一方的な処分ではなく、本人の合意があって成立するものであるから、
違法性はない。しかも解雇の場合は「被解雇者選定の合理性」をとやかく言われてしまうが、
退職勧奨の場合は「適正に下された低評価」をもとにおこなわれることは合法なのだ。

したがって、しかるべき評価制度がもともと設けられていて、その結果として
「キミは業績が悪いから、勧奨の対象になっているんだよ」
と告げるのは違法ではない、ということなのである。

外資系がよくやる「クビ」というのは、言葉を変えれば「非常に強力な退職勧奨を行う」
ということであり、解雇という形式ではなく、社員との交渉によって「なんとしてでも
退職の合意を取り付ける」という「合意退職」にもっていくというやりかたなのである。

そして、ここには綿密に練られたしくみと布石がある。
それによって、仮に裁判に持ち込まれたとしても負けない形になっているのだ。
事実、同社の08年のリストラで「退職を執拗に迫られた」として社員が日本IBMを訴えた
裁判があったが、先ごろ東京地裁の判断で「違法性はない」と判断された。
では、何が裁判官を納得させたのか。具体的には以下のとおりである。

(1)「職種別採用」をおこない、「職務給」で運用する

これは、日本式の「総合職採用」をおこない、「職能給」で運用するのとは
真逆のやり方だ。すなわち、採用時に業務内容を明示し、
「この仕事ができる能力を持っている人を採用する」として、
業績に応じた待遇と、諸条件なども細かく書面化して説明し、
合意をとっておくのだ。そのうえで「能力が足りなかった」という判断となれば、
問題になりにくい。

(2)充分な「退職パッケージ」と「支援プログラム」を準備する

対象者に対して何のサポートもない状態での退職勧奨は「強要」と判断される
可能性があるが、「業績が芳しくないこの状況のままでは問題がある」と
説明責任を果たし、「改善するための再教育プログラム」等が存在し、
それを受ける機会があれば、企業側として「回避努力」をしたことになるのだ。
これは、「割増退職金」や「再就職支援」といった退職支援プログラムを
会社側が用意することでも同様の判断となる。

(3)説明責任を果たす

上記(1)(2)といった諸制度、諸条件が揃った上で、対象社員に対して説明が
なされれば問題ない。具体的には、「会社の経営環境」「当該社員の業績」
「当該業績が、所属部署や他メンバーに与える影響」「在籍し続ける場合の
デメリット」(引き続きプレッシャーが与えられるぞ、など)「退職する場合の
メリット」(今なら充実した退職者支援を受けられるぞ、など)といった情報を伝え、
一定の検討期間を設け、意思確認をする、という手続きを踏むことである。

結局は、会社として上記(1)~(3)のような仕組みがあれば、いくら執拗な
退職勧奨をおこなったとしても、違法とはなりにくいのだ。

退職勧奨の場に同席していなかった裁判官にとって、会社からどんな説得が行われたかは
知る由がないし、それによって対象社員がどれほどの精神的苦痛を得たかは判断が難しい。

判断材料となるのは「どこまで会社が退職回避策を講じていたか」という事実次第
なのである。それさえあれば、会社側がかなり執拗に退職を迫ったとしても、
「がんばって解雇を回避した」し、「正当な退職勧奨の一環」であり、
「解雇は根拠のある正当なものだ」と主張できてしまうのである。

退職勧奨に臨む社員側の心得とは?

 

このような退職勧奨を受ける社員側にとって、とれる態度は次の二つだ。

「いずれ辞めるのなら、条件が良いうちにサッサと合意して退職願にサインしてしまう」か、
「会社のやり方は違法だ!と徹底的に争う」か。

多くは「外資系などこのようなもの」と割り切って前者の道を選ぶ。
しかし残念ながら後者の場合、裁判に金も時間もエネルギーも費やすし、
勝ったとしても賠償金は弁護士報酬に消え、会社に居られるのも次のリストラまでの
ハナシだ。結局、いずれのタイミングには会社の方針に沿った結果になってしまう
ことになる可能性が高い。

「それでもやる!」という場合は、勧奨までの経緯を仔細にわたってメモし、
その様子をICレコーダーなどで録音して違法性の記録としておくことだ。
裁判では原告が証拠を集めなければならない決まりだから、
証拠がなくてはどうにもならない。

社員が語る、恣意的なリストラの実態

 

限りなくブラックに近いグレーゾーンで制度運用している同社であるが、
実際に勤務する社員からは

「実際にはかなり恣意的に運用され、『フェアな職務給』という宣伝とは程遠い」

という声も聞こえてくる。

「平均年収は高いイメージがあるが、発表値と実際の数字では2~3割くらいの差がある」
「少数の高待遇の人が平均値を上げている。労働組合調査ではもっと低い」
「昇格させる代わりに評価は低いままで据え置き、給与は変わらず。
結局低い評価だけが人事記録に残って、リストラの対象にもなってしまう」
「低評価の人でも、異動や転出をさせるためにあえて高評価をつけることもある」

かなり「操作」をしていることがみてとれるはずだ。

同社の真の問題点は、単に「グレーゾーンのリストラをしている」というレベルではない。
それによって会社が被る、中長期的な影響こそが問題なのである。
言い換えれば、「良い成績を上げている社員ばかりを残すと、環境変化に適応できる人材を
切り捨ててしまっている可能性」があるかもしれないのだ。

リストラは米国本社の方針だから仕方ないとしても、それが結果的に同社の成長に
寄与しているかどうかは疑問である。実際、長期的には減収減益でもある。
それよりも、より顧客に価値を感じさせる提案をおこない、相応の対価を得る方向を
強化していければよいのではなかろうか。

同社が日本市場におけるシェアを明らかに失いつつある根本理由について、
同社自身が社内報においてこのように分析している。私もまったく異論はない。

1.激しく変化するお客様の購買パターンと競争環境についていけていない
2.営業カバレッジ(影響を及ぼせる範囲。エリアや顧客層など:新田注)が固定化している
3.サービスの価格競争力が低い

話が少し横道にそれるが、働き者のイメージがある「働きアリ」を巣ごと調べてみたところ、
「あまり働かないアリ」が全体の7割もいたという。しかしこの「鈍いアリ」も、食物が
底を尽き始めたときとか、巣が危機に陥ったときといった「極限状況」になったときに
働き始めるらしい。すなわち、反応の度合が異なるアリが共存していることで、
「働かないアリ」という形で力を温存することができ、いざというときに対処できる
リソースを確保できるというわけなのだ。

効率を追求してギリギリまで現状に適応してしまうと、変化のリスクに対処できない
ことを自然は知っている。では、日本IBMという会社はどうだろうか。結果は時の流れが
教えてくれることだろう。

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